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雅人が、店を出す時に、義理があって今の店をすぐ止められないから、お前が先にやってくれ・・・というのです。
大変だ~と、思ったけれど、2人の未来のために頑張ろうと・・
相当頑張った。
目を開いたまま、運転しながら寝たことがある。位頑張った。
1年経って、2人になったから、ホッとして、妊娠。

私が、ちょろちょろ店を手伝う程度になったら、従業員に毎日モラハラ始めた。その子は、良く間違った。仕事もうまくなかった。
でも、あれなら、私だったら止めてるな・・・そこまで言われたくない。「お前のために言ってんだぞー」毎日。
モラハラという言葉は、知らなかったけど。
心配になって、友人に相談した事があった。
「なんか、あるんだね。それで、バランスとってるんだね」

ここで、気が付くべきだった。
この子は、1年後止めていった。確かに、仕事は上手くなかったけど、1年経っても、上手くなかった。モラハラにあって、何かが上手くいくことなんて無いんだね。

子供が生まれた。

新米ママの私は、何をやっても上手くなかった。
ターゲットが居なくなった今。
子供は泣かすわ・ご飯は手抜きだわ・部屋はきたないわ・口を開けば子供の話しかしないわ。
こいつ、ウザイ。ってなもんで。

知らないのは、初めての赤ちゃんの可愛さと、いとおしさと、怪獣ぶりに毎日イッパイイッパイになって、振り回されている。わ・た・し。

何だか、変。日曜の朝ゆっくり目覚めると、雅人は居ない。
昼迄居ない。寂しい母子生活になった。

初めて赤ちゃんが熱を出し、オロオロ。峠を越えたかな?と思うとき、雅人が泊まりでゴルフに出かけた。3日も・・遊び仲間と・・・仕事じゃなくて・・・・
お医者さんで別の風邪まで貰ったらしく、再び熱がでた。ぐったりしたり、ヒーヒー騒ぐ息子。
パニックになって、雅人を呼んだ「帰ってきて!!熱が高くて、一人で困っている」と・・・
「赤ん坊が熱出すのは仕方ないんだよ」・・・帰ってこなかった。
どうしても困って、実家から3時間かけて、母が来てくれた。
雅人は、なぜか祖父をよこした。・・よけいに困った。家事育児をやった事の無い祖父・・・
まだ熱が下がりきらなくて、看病疲れから、やけにハイになっている私と母。
雅人が帰ってきたので、母は帰ることにした。熱も峠を越えた。

私は、雅人を責めた。困っても、助けに来ない。と・・・
店を始めた時も1回助けをもとめた時に逃げられた。

雅人が切れた。
「赤ん坊は、熱を出すんだよ。いちいちそんなんで帰れるか。おまえら
母娘はオカシインジャナイカ。ペチャクチャペチャクチャしゃべりやがって」

ここから。
完全に、敵になったらしい。わたし。

お馬鹿な私は、未熟なママだから、いけないのかな?なんて、思ってしまった。
とまどった目を雅人は、見逃さない。
ターゲットロックオン
その性癖・・『誰かをいじめなくては居られない。』
に、初めて出会ったのは、結婚1年目です。

雅人の実家にて。
義理父・義理母・義理姉家族4人と私たち2人総勢8人の夕食。
ステーキにすると張り切る義理母。
焼き方の薀蓄を語りながら義理姉が肉を焼く。
勝手がわからず、どの皿出すのか、野菜はどうするのかオロオロしながら手伝う私。
どんどん焼いてどんどん食べるかと思えば、なにやらウロウロ。
西洋からしが見つからないとかで、結局そのまま食べる事になりました。
そこで、雅人が大爆発。
「肉が冷たくなってんじゃねーか。お前らばかじゃねーか。こんなんでどーすんの。」・・・・延々義理母を怒鳴る。
場が、冷え冷え・・・
よせば良いのに、「一生懸命作ったのに、そんなに言うなら、TVばっかリ見てないで、手伝ってよ」なんて、言った・・・・とたん・・
走り寄って来た義理母「いいのよ2時間もTV見て疲れたわよね。休んでていいのよ。」

コレは・・何?
私の育った家庭には無い。異常な論理展開。
とっても、まずーい高級ステーキでした。

このとき、離婚していたら、傷は浅かったのに・・・・
そう。母親をいじめていたのです。

でも、もっと根は深かったのです。
つづく・・・

飲む・打つ・買う

飲む・・・男の甲斐性・・・?って、ホントは変。
打つ・・・男の甲斐性・・・?って、なんか変。
買う・・・男の甲斐性・・・?って、すっごく変。

『この甲斐性無し男ー』等と日本映画で怒鳴ってるおばちゃんは、浮気しない・飲まない・女を買わない男に向かって怒鳴ってませんよ。
家族に食べ物運んでこない男に向かって怒鳴ってるんです。

って、なんで怒っているかというと。

『おまえら、食うなよ!俺の金で!』
って、言われたからです。
いろいろその前の状況はありますが、この一言で、この男はダメだ。
あきらめが付きました。

子供の為。我慢してました。テレクラ遊びも。デートも。
勿論。内緒で、相手の女に電話して、
「貴方も家庭がありながらやってるからには覚悟はありますよね」
などと、釘を刺すこともしばしば・・・

これですんでいる頃は、我慢も何とか。
だって、女性SOSテレフォンなんてかけても『我慢するか、離婚ですね』
なんて言われて、余計奈落の底に突き落とされましたから。
細木さんのドッキリグサグサアドバイスのほうが救われる。
何かやりようがあるでしょう。

って、お馬鹿な私は、ダイエットしてみたり、家庭問題研究会なんかでお勉強してみたり、H本研究なんかもしてみたり、『ベストパートナーになるために』なんて本も、赤線引きながら読み込んだり。
お陰で、危機に陥った夫婦を2組程、ラブラブに戻して差し上げました。
離婚が成立して1年6ヶ月になります。
子供に残った後遺症のほかは、とても元気に自分の時間と心の余裕を持てるようになりました。

♪あの素晴らしい愛をもう一度~♪
と、口ずさんで、家を掃除して、仕事して、育児して、花を生けてみたり、料理にも精を出しました。
なんとか振り向いて欲しくて。
私の目を覗き込んで欲しくて。
そりゃーもう私なりに一生懸命。
特に、何て言ったって料理よね。彩りも気にして、栄養も考えて。
学生時代からお料理教室に通って、料理雑誌も独身時代から毎月取り寄せていましたから、作るのが好きです。
雅人が、夜遅く帰って、一人で食べるので、きれいな2段御重箱弁当にしていました。
8時頃に仕事が終わってから、8時半頃からテレクラに電話して、何時間も話中の雅人に電話する事は、タイミングがとても難かしい。
会合に出る日もあるのですが、予定を教えてくれません。
基本的には、毎日会合だと言っているのですから。
起きて待っている事は、殆どできませんでした。子供を寝かせつけていると、毎日泥沼のように眠りました。


家族関係の本も読んで、話し方も気をつけましたよ。
だって、私にもにっこりして欲しかったんです。

日曜日には、子供と遊んでくれました。近くの公園で、自転車乗りも2人とも雅人に教えてもらいました。
家庭に落ちついて欲しくて、どんな風に遊んでもらうと子供が喜ぶか考えて用意して、○○が好きなのよ。とか。誘導してました。
保育園から持ち帰る昼ねフトンのていれや、1週間分の買出しと掃除で、大忙しの日曜日は、夕食はファミレスを愛用しました。
いつも、雅人は遠くをニコリともせず見ていました。
きれいにかたずいた部屋で、お茶でも飲もうと楽しみな私に、
『もう、いいかな』
「えっ?何が?」
『仕事行きたいんだけど』
「もう、8時なのに?」
『もう、いいだろう。コレだけやったんだから』
愛車のベンツで、走り去っていきます。

でも、部屋は、結構汚かったです。
捨てると、何時怒られるか解らないので、捨てられない。
『ココに置いておいた』と言われるから、机から除ける事もできない。
いろんな空き箱に、塊で少しづつ除けますが、それらは点検廃棄される事が無く11年間積み上げられました。
時々、丸ごと捨てていましたけどね。

とにかく、今となっては、・・・・本当に馬鹿なんです私は。
大好きだったんです。雅人が。

子供が生まれるまで、雅人との生活は、希望があって、楽しくて、夢を大きく描いていました。
長男が生まれるまでは・・・・
雅人は、お父さんにはなれなかったんです。
今でもパパ(祖父)の息子なんです。

つづく

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