上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今思うこと

離婚が成立して1年半がたちました。
フルタイムで働き、後遺症に悩む子供2人は心配の種ですが、優しさと、生きる張りと少しの自信を持って、暮らしています。

「青空は快晴」・・・そう素直に自然を楽しむ事ができる様になりました。

加藤諦三著モラ関連の本を2冊。モラルハラスメント・裁判離婚・ナルシスト関連の本2冊。

こんな物じゃまだ足りないかもしれないが・・・

どうして、モラ夫に23年前恋してしまったんだろう・・・
思い返せば、モラ症状はあの時に出ていたのに・・

モラ夫をモラ人間に育てたのは、モラ父とモラ母とモラ姉だと言う事は、結婚してから徐々に解ったことだ。

でも、そんなモラにどうして惹かれたんだろう・・・

それは私自身にある。

モラから開放されて、まっちーさんのブログに救われて、モラ夫と戦う友人を援助して、やっと、私の中のPTSDが癒されていく・・・

私も、母から、父から、無言の抑圧を受けて育ったのか・・・
母は、良く家に仕えて、いじわる舅・小姑と戦い。子供2人を見事に育てた。今も尊敬しているし、くどくどと指示する人ではなかった。
母自身。毎日舅・小姑からの攻撃に自分を保つのに精一杯だった。
傘となり、盾となり、2人の子供を守った。
母は、兄弟の多い裕福な家庭で戦争中の苦労はあるが、豊かな情動を持って両親の元育った。
父は、実母を妹出産の折に失って、継母の元で育った。継母も父が成人するとまもなく、無くなった。

しかし、私の両親が、私を真剣に育て事を父も母も何時も見守っていてくれた事を今も感じている。その真剣な眼差しが、抑圧だったなら、子育ては、教育は、ある意味抑圧を伴った物でしかない。
しかし、思春期を過ぎて、自立の頃、少しのダブルバインドがあったようにも思える。ほんの少しの言葉が、私の自信を砕いて社会性の目を摘んだかもしれない。

今、母として、モラ夫と戦ううちに、自分の子供達に同じ過ちを犯そうとしている自分の姿が見える。モラ夫との4年間にわたる離婚までの期間。「うるさい。」と、子供を遠ざけた事が確かにあった。
昨日一緒に遊んだくせに今日は疲れ切って「今日は無理。ママは疲れた」と突き放す日もあった。

モラ夫から解放されたからこそ、子供達は母から攻撃されずにすみそうである。
あのままモラ夫の檻の中で、這いずり回り、傷だらけの母だったなら、子供は、破壊された事だろう。

子供の為に、離婚しないなんて悩んでいる方。
安心して、子供を育てられるように、傷ついた子供達のそばにいてあげられるように、養育費を確保しましょう。
準備してから、離婚しましょう。

パートに出ましょう。


読んでくれてありがとう。
勇気があなたに、悔いの無い人生をもたらしますように
スポンサーサイト

コメント

空を見上げるとオリオン座

お久しぶりです。『ゆきうさぎ』です。
このブログが、あまり書き込まれていないのは、ピンクさんの幸せを映し出しているものと、嬉しくなりました。
私のブログも、一度閉鎖を考えたのですが、
紆余曲折あって、再開しています。
憎しみではないです。自分のために、他に苦しまれている方に、範例(?)とするためです。
また、こちらにも顔を出しますね。

ゆきうさぎさんへ

久しぶりです。
はい。すっかりモラから離脱しました。
離婚して3年になります。
ココまで来るには紆余曲折なんて一杯ありますよ。
モラハラ関連ブログも最近は読まずに居られます。
ただ、同じ苦しみの真っ只中にいる方に触れると、涙があふれます。貴女も早く逃げておいで!!って。
だから、放置しては居ますが、ブログは閉じていません。
安心して眠れる幸せを感じます。
モラからは、逃げましょう!!
それから、又自分を見つめて生き抜きましょう!!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://moraruhara.blog80.fc2.com/tb.php/15-c015f74a


Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。